Barcelona – バルセロナ旅行⑤ – Antoni Gaudi – アントニ ガウディの偉業

バルセロナと言えばAntoni GaudiのSagrada Familia!1882年に建築家、Francisco de Paula del Villarの下で建設が始まり、翌年にGaudiが受け継いでから144年…。未だ完成に至っておらず、世界中の人々がその完成を心待ちにしています。今年、2026年はGaudiの没後100年の節目の年でもあり、あと10年ほどで完成予定と報道されています。正直、バルセロナを訪れてGaudiの建築した様々な建物を訪れるまで、私はどうしてそんなに世界中の人がSagrada Familiaに関心を持つのか分かりませんでした。素晴らしい大聖堂や教会はたくさんあります。私にとってその中の一つ、という認識でした。しかしその認識は彼の作品を目の当たりにして、即座にひっくり返りました…(笑)。私が訪れたGaudiの作品をいくつかご紹介します!

そしてチケットは事前購入必須!!また、ヘッドホン付きのガイドもありますが、QRコードを携帯で読み取り、ワイヤレスイヤホンにコネクトするところもいくつかあったので、ぜひワイヤレスイヤホンは持参してください!ガイドがある方が断然楽しめます。

目次

Casa Batllo / バトリョ邸

Casa Batllo

もしもバルセロナに滞在する時間がとても限られていて、Sagrada Familia以外にもう1つくらいしか観ることができない、という方がおられたら、私は迷わずにCasa Batlloをお勧めします!オーディオガイドを貸してくださるので、ぜひ解説を聞きながら回ってみてください。

外観だけで私は心を奪われてしまいました。何とも美しい色使い、地中海をイメージしてデザインされたとのこと。納得です。中に入ると、もっとそれを体感できます!建物の正面は美しい色遣いに加えて、優しいカーブが何とも魅力的です。中に入ると螺旋、渦、波、そして光。ガウディは自然の力を最大限利用して設計をする建築家と評されているそうですが、建築のことは何も分からない私でもそれを感じることができました。海に潜っているような神秘的な空間に光が差し込み、空気は流れていく。全てが緻密に計算されているのに、無機質な感じがしないのです。柔らかなカーブをふんだんに取り入れた渦や波のデザイン、カラフルなガラスの窓、それらが家族にとって最も大切な『家』を彩り豊かで温かな空間にしています。まさに、『家』全体が芸術作品のようでした。1877年に建てられたバトリョ邸をガウディが増改築したのが1906年。120年前にこれを考えたの?圧倒されるばかり…。ビデオをご覧いただくと分かると思いますが、本当に地中海の中に潜っているような、幻想的なデザインです。ガウディ、すごい。

Parc Guell / グエル公園

元々はイギリス式庭園のある住宅都市として計画されたものの、60戸の住居建築予定のうち、完成したのは2戸だけ。その内の1戸に、ガウディは晩年、20年ほど住んだそうです。ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家からインスピレーションを得てデザインされたものや、洞窟のような回廊など、見所いっぱいです。邸宅とは違い、自然に溶け込んだスケールの大きなガウディの建築物を見ることができます。丘にあるので、スニーカーでぜひお出かけください!

Casa Mila / ミラ邸

こちらは繊維会社社長のミラ氏の夫人が依頼して、ガウディが設計した邸宅。外観はバトリョ邸と同じく緩やかなカーブが波のようにさざめくユニークなもの。バトリョ邸よりも、生活用品が多く展示されており、当時の生活を想像しながら堪能できます。屋上からの景色は素晴らしいものでした。

Palau Guell / グエル邸

ガウディを見出し、そして生涯にわたり彼を援助し続けたグエル氏。彼は繊維業により財を成した実業家。大資産家であり、政治そして文芸、学術にも造詣が深く、多くの支援を行った人物です。そんな彼の別宅として建設されたのがこのグエル邸。完成後にグエル氏が大層気に入り、本宅として使うようになったそう。ガウディにとっては初めての大規模な仕事だったのです。グエル邸は若かりし頃のガウディの試行錯誤が随所に見られます。イスラム風、ゴシック、そしてロマネスクなど、様々な要素がミックスされたデザインに。

Casa Vicens / ビセンス邸

ガウディが設計と建築の両方を手掛けた住宅。ビセンス氏はタイル業者だったため、外観はタイルに覆われています。レンガ色、白、ブルー、そして淡い黄色。カラフルな外観にすぐに目を奪われます。こちらも初期の作品で、ガウディ特有の地中海を思わせる、波のような美しいカーブは見られませんが、若々しく力強いインパクトがあります。そしてタイルの色使いがすてきなのです。スペインにピッタリ。日本の色彩感覚とは違って、おもしろいです。

Sagrada Familia / サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)

最後に、なんといってもサグラダ・ファミリアです。駅を降りたら目の前にあるので、びっくりすることはあっても、迷うことはありません(笑)。

私が訪れた時はまさに完成間近、と言われた時期で外観はほぼ整っていたように思います。まずはその規模に驚かない人はいないのではないでしょうか。今まで見てきた彼の作品とは規格が違います。桁違いです。途方もない、とはまさにこのこと。いつ完成するのかと、何年も何年もニュースで聞いてきましたが、今まで未完であったことに納得しました。途方もないほどの年月をかけ、数えきれないほどの人たちが関わり、今まさに完成の時を迎えようとしている。そんな感動的な瞬間を生きている間に見ることができて、この時代に生まれたことに思わず感謝してしまうくらいの圧倒的な存在でした。

Antoni Gaudi / アントニ ガウディ

ガウディ。バルセロナに訪れるまでは、ただ、サグラダファミリアという途方もなく壮大な建築物を設計した人。そんな印象しかありませんでした。しかし実際に彼の作品を訪れ、その中に身を置き、そしてバルセロナという都市に溶け込んだ彼の偉業の数々を目の当たりにすると、彼についてもっと知りたいと強く思いました。1852年6月25日にカタルーニャに生まれます。彼は自分のルーツに誇りを持ち、熱心なカトリック信者でした。結婚を望んだこともあったそうですが、恥ずかしがりやな彼は片思いや失恋に終わり、生涯独身で過ごします。若い頃は「変人か天才か分からない」と揶揄されたこともあるそうです。晩年は私財を投資してサグラダファミリアの建築に全てを捧げ、創作意欲が絶えることはなかったと言われています。バルセロナにガウディあり。ガウディがこの街の礎を築いたのかもしれません。彼は1926年6月7日ににトラムに轢かれてしまいます。所持品が聖書だけで服装がボロボロだったためガウディと認識されず、身元不明の老人と見なされ、病院に搬送されるまでに時間がかかってしまいます。そして病院も貧民向けの病院に搬送されます。翌日に、行方不明になっていたガウディを探していた関係者や警察が彼を探し当て、施設の整った病院へ移ることを提案しますが、彼はこれを拒否したと言われています。「自分の場所はここである、貧しい人々の中にある」、と。そして3日後の1926年6月10日、ガウディは息を引き取ります。

サグラダファミリアにガウディのお墓は安置されています。彼の作品は情熱的で、見る人々を魅了し胸を熱くします。今から100年以上も前に、こんな設計ができたのかと驚き、美しい曲線美に息をのみます。すごい人です。

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